山田先生ブログ画像 3修正

 開催の危ぶまれた今年の花火大会。中でも注目を浴びていたのが、「隅田川花火大会」の行方でした。そもそも、この大会のはじめは「弔い」でした。1732年に発生した大飢饉とコレラの死者を弔うため、享保18年旧暦の5月28日(1733年7月9日)両国の川開きに花火を催したことが始まりとされているのです。
 だからこそ、今年も実施するべきだ――そういった声が多くあがりました。そして、実際、多くの花火大会が中止になる中、隅田川の花火大会は5月の副知事のTwitterでの告知を持って「延期」――しかし、実施はすることに決まったのです。

 さて、「隅田川の花火」の話に戻りましょう。上記のとおり、隅田川の花火は、記録で分かるもっとも古い花火大会とされています。当時の名前は「両国川開き」。スタート当初は20発前後の花火だったと言われているこの花火大会を担当したのは、「鍵屋」。その後、分家の「玉屋」が加わります。何処かで聞いたこと、ありませんか? そうです。

「たーまや~ かーぎや~」

この花火の掛け声の由来は、まさにこの「鍵屋」と「玉屋」にあるのです。当時は2業者体制。腕比べをしていた双方が違う打ち上げ場所から交互に花火を上げていたため、それぞれの花火があがったところで、見物客は自分が良いと感じた方の屋号を呼んだのです。ちなみに、当時評判が良かったのは玉屋であると、川柳にも残っているそうですが、この玉屋は後に火災を起こし、江戸処払いを命じられてしまい、たった一代で断絶したという話。
 その後、両国川開きの花火は何度か中止になりながらも、1987年に復活し、現在の名称「隅田川花火大会」はその際に付けられました。

 今年はどんな美しい大輪の花を空に咲かせてくれるのでしょうか。