プロフィール完成版(仮)

 今回のお題は先日ご逝去された田中好子さんの歌から頂きました(もちろんN社長のリクエスト)。ご存知の方もいらっしゃるでしょうがキャンディーズ時代の歌のタイトルです。キャンディーズは、わたしの幼少時代に活躍されていたことは知っていましたが、その人気を実感するには幼すぎました。今になって聴いてみると、実に音楽的クオリティーの高いボーカルグループだったのだと感じます。
 で、「明日になれば」についてです。
「明日」という言葉は日常よく使います。しかしわたしたちは決して明日という日を迎えることはありません。なぜなら来てしまった「明日」は、すぐ「今日」という日になってしまうからです。
 屁理屈を言っているように思われるかもしれませんが、わたしは「明日」と言う日は来ないからこそ、人は「明日」が来るのを待ち焦がれるのだと思うのです。
 たとえば眠れない夜、『明けない夜はない』という言葉に支えられることがあります。朝が来れば夜は終わる。つまりどんなに辛い日も必ず終わりが来る。逆にいえば、どんなに素晴らしい一日も必ず終わりが来る。時間は留まることがありません。
 そう、時間は残酷なほど、人の気持ちを無視していくようです。どんな悲しみも幸せも、時間は押し流していく。しかしその冷酷さが人を救う事もあります。時間とは本当に不思議なものです。
 混迷する社会で先の見えない不安を感じることはこれまでもありましたが、東日本大震災後以降、特にその畏怖が高まったように思います。これまで築き上げてきたものが、一瞬にして失われてしまう場面を目の当たりにし、己の無力さに打ちのめされました。
 こんな今だからこそ「明日」という言葉は、無力な自分の唯一の光を感じさせてくれます。自分の力の及ばない「明日」と言う日は、畏怖する対象でありながら、「今日」とは違う希望を与えてくれる。明日になれば、きっといいことがあると信じられる。
 悲しみ、辛さをずっと抱えていけるほど、人はきっと強くはない。時間は抱え込んだ悲しみや辛さという荷物を少しずつ降ろさせてくれる。やはり時は何物にも代えがたい特効薬なのでしょう。
「明日になれば」と呪文のようにつぶやきながら、今日を精一杯生きていきましょう。